世界史 学年末範囲
☆イスラーム史
○三カリフの鼎立...イスラーム帝国が分裂
+後ウマイヤ朝(756〜1031)都:コルドバ
 ウマイヤ家がイベリア半島に逃れて建国
 10c アブド=アッラフマーン3世のとき全盛期
+ファーティマ朝(909〜1171)
 過激シーア派のイスマイール派がチュニジアに建国、カリフを名乗りやがる
 969 エジプトに進出して新都カイロ建設
 アズハル学院を創る:シーア派研究の中心となる
+アッバース朝(750〜1258)
 946,ブワイフ朝のバグダード入城
 →大アミールの称号獲得、アッバース朝のカリフから政治的実権を奪う
 1258 滅亡(byフラグ)

○イベリア半島・マグリブ:キリスト教のレコンキスタ(国土回復運動)に対抗
1.後ウマイヤ朝(756〜1031、都:コルドバ)
2.ムラービト朝(1056〜1147、都:マラケシュ)
  ベルベル人がモロッコに建国しイベリアに進出した
  1076 ガーナ王国を滅ぼし、西アフリカのイスラーム化が進む
3.ムワッヒト朝(1130〜1269、都:ムワッヒト)
  ムラービト朝を倒してムワッヒト人の国家
4.ナスル朝(1230〜1492、都:グラナダ)
  1492 滅亡(byスペイン王国)、キリスト教徒によるレコンキスタ完成
  グラナダにアルハンブラ宮殿造営

☆イスラーム文化
○特色:融合文明、普遍的文明、
    都市の文明...都市に住む官僚、商人、ウラマー(学者・知識人)が担い手
○施設:モスク(礼拝堂),ミナレット(モスクの脇にある尖塔),スーク,バザール,
    賃貸住宅や賃貸商店街(公共のためのワクフ(信託財産)として設立、運営
○学問:「コーラン」の解釈に関する言語学、神学etc
    >マドラサ(学院)で研究が進み、学問を修めたウラマーはエリートに
    >アズハル学院はファーティマ朝時代の世界最古の大学だ!
    >ニザーミーヤ学院はセルジューク朝時代の宰相が創設した!

    神学:ガザーリー:スンナ派神学に神秘主義(スーフィズム)を取り入れる
    歴史学:ラシード・ウッディーン(イル=ハン国で宰相になる)「集史」
        イブン=ハルドゥーン(チュニスからやってきた)「世界史序説」

    ギリシア、インドから来た哲学、医学etc
    >知恵の館(バグダードにある)でギリシア語文献はアラビア語に翻訳
    哲学:イブン=シーナー(アヴィケンナ)アリストテレス哲学完成
       イブン=ルシュド(アヴェロエス)アリストテレス哲学の注釈書作成
    医学:イブン=シーナー「医学典範」
    数学:インドから十進法やゼロの概念がやってきた!
       フワーリズミー...アラビア数学を確立
    天文学:オマル=ハイヤーム...ジャラリー暦作成
        イスラーム暦は中国に伝わって授時暦(by郭守敬)に影響したよ!
    地理学:イブン=バットゥータ(モロッコ)「三大陸周遊記」
        イブン=ファドラーン「ヴォルガ=ブルガール紀行」
○文学:「千夜一夜物語(アラビアン=ナイト)」にはハールーン=アッラシードが
    フィルドゥーシー「シャー=ナーメ(王の書)」
    オマル=ハイヤーム「ルバイヤート(四行詩集)」
○美術:岩のドーム、アルハンブラ宮殿(グラナダにある)
    ミニアチュール(細密画)、アラベスク(幾何学的な模様)
    製紙法(タラス河畔の戦いで伝わったv)


☆中世ヨーロッパ
○大移動前のゲルマン人
バルト海沿岸からケルト人を圧迫しながら居住地を拡大
ローマとトイトブルクの森で戦ったこともあるよ!
史料:カエサル「ガリア戦記」、タキトゥス「ゲルマニア」

○ゲルマン民族大移動
375年スタート!!
原因:フン人がやってきて西ゴート族は追いやられた。
経過:西ゴート族はドナウ川を越えてローマへ!
410 西ゴート王アラリック:ローマ市侵入、略奪
430 フン人王アッティラ:パンノニア平原に大帝国建設
451 カタラウヌムの戦い
  ×アッティラ vs ○西ローマ・ゲルマン連合軍
  アッティラが死んでフン人の帝国崩壊。
476 西ローマ帝国滅亡(byゲルマン人傭兵隊長オドアケル
493 東ゴート王テオドリック:オドアケルの国を滅ぼし東ゴート王国建設

○動向
西ゴート (都トロサ→トレド)ウマイヤ朝が滅亡させた。
東ゴート (都ラヴェンナ)東ローマ帝国が滅亡させた。


☆十字軍
○背景
キリスト教信仰の高まり
セルジューク朝の圧迫→ビザンツ皇帝がローマ教皇に救援要請
→1095 クレルモン公会議(by教皇ウルバヌス3世)で十字軍提唱
○経過
第1回(1096〜99):聖地奪回→イェルサレム王国建国
第3回(1189〜92):イギリスのリチャード3世も参加
          背景:アイユーブ朝サラディンがイェルサレム奪回
          結果:聖地奪還ならず、ドイツ騎士団結成
第4回(1202〜04):提唱者はローマ教皇インノケンティウス3世
          1202 ヴェネツィア商人の要求で
             コンスタンティノープル占領
             →ラテン帝国建国
第6回(1248〜54):ルイ9世も参加、エジプト攻撃(→失敗☆)
          ルブルックをカラコルムに派遣
第7回(1270)  :チュニス攻撃→失敗☆
1291 十字軍最後の拠点アッコン(inシリア)陥落→十字軍時代終了

○影響
 +諸侯、騎士階級の没落、王権の伸長
 +聖地回復失敗で教皇の権威が揺らぐ
 +東方貿易活発化→貨幣経済進展→荘園制の解体促進
 +ビザンツやイスラームの文化が流入→ルネサンスの遠因に

○十字軍のゆかいな仲間たち
 +レコンキスタ(国土回復運動):in イベリア半島
 +ドイツ騎士団による東方植民
 +異端討伐:アルビジョワ十字軍(異端のアルビジョワ派を討伐)


☆ビザンツ帝国
○盛衰
ユスティニアヌス帝(在位:527〜565)
 ヴァンダル王国(北アフリカ)、東ゴート王国(イタリア)征服
 ササン朝のホスロー1世と抗争
 「ローマ法大全」編纂(by法学者トリボニアヌス
 養蚕技術導入、ハギア=ソフィア聖堂建設
+ヘラクレイオス(在位:610〜641)
 軍管区制(テマ制)導入:国を分割して司令官に行政の権限を与える
 屯田兵制導入:兵士や農民に土地をあげて軍役と農業をさせる
レオン3世(在位:717〜741)
 720 聖像禁止令→843 聖像崇拝復活→聖像、聖画(イコン)が盛んに

+マケドニア朝時代
 バシレイオス2世(在位976〜1025)
 1018 ブルガリア王国を滅ぼす

+帝国の衰退
 アレクシオス1世(在位1081〜1118)
 プロノイア制導入
 セルジューク朝の小アジア侵入(マンジケルトの戦いでビザンツを破る)
 1095 ローマ教皇ウルマヌス2世に十字軍要請→第1回十字軍
 1453 コンスタンティノープル陥落(byオスマン帝国メフメト2世)→滅亡

○特徴
+ギリシア正教信奉
皇帝教皇主義(皇帝が政治と宗教のトップとして教会を支配)
+ギリシア語が公用語
+建築:ビザンツ式建築(ドーム、モザイク壁画が特徴)
    ハギア=ソフィア聖堂(コンスタンティノープル)
    サンヴィターレ聖堂(ラヴェンナ)


☆中世の東欧
○ポーランド人
 +ピアスト朝(840〜14c)...カトリックに改宗
  1241 ワールシュタットの戦い:モンゴルに敗北
  14c カジュミェシュ3世(カシミール)大王の治世
 +ヤゲウォ朝リトアニア=ポーランド王国(1386〜1572)
  1386 ドイツ騎士団の東方殖民に対抗→リトアニアと連合
  1410 タンネンベルクの戦い:ドイツ騎士団に勝利
○チェック人...カトリックに改宗
 10c べーメン王国成立→11c 神聖ローマ帝国に編入
 14c カレル1世の治世:全盛期、カール4世として神聖ローマ皇帝兼任
○セルビア人...ギリシア正教に改宗
 1389 コソヴォの戦いでオスマン帝国に負けて支配下に
○ロシア人...ギリシャ正教
 862 ノヴゴロド国:建国者はリューリック
 882 キエフ公国→10c末:ウラディミルのとき全盛期
 13c キプチャク=ハン国の支配
 1480 モスクワ国がキプチャク=ハン国から自立(byイヴァン3世
○マジャール人...カトリック
 955 レヒフェルトの戦い:オットー1世に敗北
 10c末 ハンガリー王国建国
 1396 ニコポリスの戦い
 1526 モハーチの戦い→オスマン帝国領に
 1699 カルロヴィッツ条約:オーストリア領に



☆フランク王国
メロヴィング朝(481〜751)
481 クローヴィスがフランク諸部族統一
496 クローヴィスの改宗(アリウス派アタナシウス派
732 トゥール・ポワティエ間の戦い
  宮宰のカール=マルテルがウマイヤ朝を破る!


カロリング朝(751 成立)
ピピン(カール=マルテルの子、大ピピンとも。)
756 ピピンの寄進
  ランゴバルド王国討伐→ラヴェンナ地方をローマ教皇に寄進
カール1世(ピピンの子、シャルルマーニュ)
774 ランゴバルト王国征服
9c末 非キリスト教のザクセン族とアヴァール人撃退
800 カールの戴冠:教皇レオ3世から西ローマ皇帝の帝冠を授かる
+中央集権体制確立(各州に設置、巡察視派遣)
カロリング=ルネサンス(古典文化振興運動)
 →神学者アルクィンなど

○フランク王国分裂...分割相続の習慣のため
843 ヴェルダン条約(→東西フランク、ロタールの国に3分)
870 メルセン条約(ロタール死去→中部フランクを東西分割)

○西欧三カ国のその後
+東フランク(ドイツ)
 919 ザクセン朝成立
 955 レヒフェルトの戦いオットー1世がアジア系マジャール人を破る
 962 神聖ローマ帝国成立
+西フランク(フランス)
 987 カペー朝成立:パリ伯ユーグ=カペーが王様
+イタリア
 イスラーム勢力、神聖ローマ帝国ノルマン人など外敵の侵入で混乱


☆ノルマン人
北方ゲルマン人で、漁業や海上貿易中心→ヴァイキングと呼ばれる
○建国
ノヴゴロド国(862 ロシアのあたり、建国者はリューリク
キエフ公国(882 ロシア)
ノルマンディ公国(911 北フランス、建国者はロロ
デーン朝(1016〜42、イングランド、建国者はクヌート
ノルマン朝(1066〜1154、イングランド、ノルマンディー公ウィリアム)
 1066 ヘースティングズの戦いでイングランドを倒して建国
両シチリア(1130、南イタリア、ルッジェーロ2世)
+デンマーク王国、ノルウェー王国、スウェーデン王国(8c〜10c)
 1397:カルマル同盟結成、3国の同君連合→スウェーデンの離脱で解消

☆封建社会
○封建制...封土の授受を媒介とした領主間の主従関係
 起源:ローマ末期の恩貸地制+古代ゲルマンの従士制
 特色:血縁に基づく関係ではなく、双務的、重層的な契約関係
    領主は不輸不入権を持つ

○荘園制...荘園を通じて農民を支配する制度
 構造:領主直営地農民保有地+入会地(共有地)
 農法:三圃制(土地を春耕地、秋耕地、休耕地に分ける)
 農奴の負担:賦役(領主直営地での労働)、貢納(農民保有地の収穫物)、
       十分の一税(教会に納める)、領主裁判権
など

☆イギリス
○アングロ=サクソン朝(449〜1016,1042〜66)
449 アングロ=サクソン王国(ヘプターキー)成立
829 イングランド王国成立:ウェセックス王エグバートが統一
9c ノルマン人侵入→アルフレッド大王が撃退
1016 クヌートがイングランド征服→デーン朝成立
1042 アングロ=サクソン朝復活
1066 ヘースティングズの戦い
   →ノルマンディー公ウィリアムがイングランド征服

ノルマン朝(1066〜1154)
ウィリアム1世:創始、全国検地実施

プランタジネット朝(1154〜1399)
ヘンリ2世(アンジュー伯アンリ)
リチャード1世(獅子心王)
 第3回十字軍参加
ジョン(欠地王)
 1209 インノケンティウス3世に破門される
 1215 マグナ=カルタ(大憲章)承認
ヘンリ3世
 1258 シモン=ド=モンフォールらの反乱
 1265 シモン=ド=モンフォールの議会
エドワード1世
 1295 模範議会召集:イギリス最初の正式議会
エドワード3世
 1341 二院制(上院、下院)の確立
☆中世都市の発展
○自治都市とか都市同盟とか
イタリア=自治都市(都市共和国)都市が完全に自立
ドイツ=帝国都市(自由都市)神聖ローマ帝国直属
    ※「都市の空気は自由にする」...ドイツの諺
北イタリア:ロンバルディア同盟(1167)盟主:ミラノ
北ドイツ:ハンザ同盟(13c後半〜1648)盟主:リューベック
     在外四大商館の所在地:ロンドン、ブリュージュ、
                ベルゲン、ノヴゴロド

商人ギルド:商人中心で結成されたギルド(同業組合)
同職ギルド(ツンフト):手工業者が結成

○荘園制、封建制の崩壊
+背景:農業生産力の向上(三圃、重量有輪犂の使用)
    大開墾時代の到来による耕地拡大(シトー派修道会が牽引)
+経過:古典荘園(領主直営地+農民保有地)→純粋荘園(全て農民保有地)
    領主が貨幣を得るため賦役を廃止、貢納や貨幣地代での支払いに

+農奴解放:貨幣経済の発展→領主に解放金を払い、自営農民に
      イギリスでは独立自営農民(ヨーマン)も出現
      ペスト(黒死病)の流行→農奴が激減、待遇up!

+農民反乱:1358 ジャックリーの乱(フランス)
      1381 ワットタイラーの乱(イギリス、ジョン=ボール指導)
         「アダムが耕しイヴが紡いだとき、誰が貴族であったか」


☆ローマ=カトリック協会の盛衰
392 テオドシウス帝が国教化
529 ベネディクトゥス:南イタリアのモンテカシノに修道院創設
6c末 教皇Aグレゴリウス1世:ゲルマン人に布教
726 聖像禁止令 byビザンツ皇帝レオン3世
756 ピピンの寄進(教皇にラヴェンナ地方を寄進)
800 レオ3世:カールの戴冠
10c〜 教会内部からの改革運動
   +クリューニー修道院...修道院運動の中心
   +シトー派修道会...森林、原野の開墾運動を推進
   +托鉢修道会(教会の財産を否定、信者からの寄進で清貧に生活する)
     フランチェスコ修道会、ドミニコ修道会
1077 カノッサの屈辱
   聖職叙任権をめぐる対立から教皇グレゴリウス7世が
   神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世を破門→皇帝が謝罪
1122 ヴォルムス協約:叙任権闘争終了
1095 教皇ウルバヌス2世クレルモン公会議で十字軍提唱
13c インノケンティウス3世のとき教皇権絶頂「教皇権は太陽、皇帝権は月」
    英王ジョン破門、第4回十字軍・アルビジョワ十字軍提唱
1303 アナーニ事件(教皇ボニファティウス8世vs仏王フィリップ4世)
     聖職者への課税問題をめぐる対立→教皇憤死
1309 教会のバビロン捕囚:フィリップ4世が教皇庁をアビニョンに移転
1378〜1417 大シスマ(教会大分裂)
15c ウィクリフ(英、聖書の英訳)、フス(べーメン、ウィクリフに共鳴)
1414 コンスタンツ公会議→大シスマに終止符、ウィクリフ、フスを異端に
1419 フス戦争:フスの処刑に対しべーメンでフス派が反乱


☆フランス
カペー朝(987〜1328)
ユーグ=カペー
フィリップ2世
 第3回十字軍に参加、アルビジョワ十字軍スタート
ルイ9世
 1229 アルビジョワ十字軍終了
 1248 第6回十字軍(→1253 ルブルックをモンゴルに派遣)
フィリップ4世
 1303 アナーニ事件:教皇ドニファティウス8世を拉致、幽閉
 1309 教皇のバビロン捕囚:教皇庁をローマからアビニョンへ

ヴァロワ朝(1328〜1589)
+フィリップ6世


☆百年戦争
○原因:フランス王位継承問題(ヴァロワ朝成立に英王エドワード3世が反発)
    領土問題(フランドル地方、ギュイエンヌ地方をめぐる対立)

○経過:前半(第1期、2期あたり)...イギリス優勢
     エドワード黒太子が率いる長弓隊など
     14c ペスト流行→ジャックリーの乱
    後半(第3期あたり)...フランス逆転
     1429 オルレアンの戦いジャンヌ=ダルク活躍)
        →仏王シャルル7世の巻き返し
     1453 フランス完全勝利→イギリスはカレー以外の大陸領を失う

○その後:1455〜85 ばら戦争(赤バラ:ランカスター家vs白バラ:ヨーク家
     1485 テューダー朝成立、ヘンリ=テューダーはヘンリ7世として即位